今さらなんですが・・・

昨日、大河ドラマの3回目が放映された。

最近の大河ドラマは、戦国ものと幕末ものとを交互にやってて、ちょっと飽き飽きしてたんだけど、久しぶりに、それ以外の時代劇ということで、今回ばかりは、最初から見てる(笑)

ちなみに、ボクは、朝の連ドラだと女が主人公、大河ドラマだと男が主人公のものが好き^^

 

で、今さらなんだけど、平清盛について^^

 

実は、平清盛。ボクの住んでる茨城と、ちよっと関係のある人物なのだ。

と言っても、平清盛自身、茨城で生まれ育ったわけでもなければ、たぶん、一度もきたことはない。関係するのは、平清盛が生まれる、ずっと以前の話なのだ。

もともと、平性というのは、臣下に下る皇族に与えられる姓。

だから、平清盛の一族(桓武平氏)以外にも、平性を名乗る一族はいる。仁明平氏とか、文徳平氏とか、光孝平氏とか。。。まぁ、いろんな平氏がいる。いずれも、どの天皇から派生した一族かということがキーとなって〇〇平氏と言うわけだ。

でも、ここで話すのは桓武平氏のこと、これから平氏と言うのは、この桓武平氏の事だと思ってほしい。

さて、平清盛のお父さんは、平忠盛といって(大河で中井貴一が演じてますね)、はじめて昇殿を許された武士だ。昇殿とは何かというと、平たく言えば、天皇がいる〇〇殿(よく清涼殿というアレですよ)に入れるということ。

ちなみに、大河ドラマで、中井貴一は、建物の中に入って、天皇や上皇(三上博史が演じてるアレです)と話しているのに、源氏は建物の外で地面にひれ付して話してる(小日向さんが演じてるアレです)。しかも、天皇や上皇と直接じゃなくて、側近の貴族としか話せない。で、源氏側は、何か天皇や上皇に伝えたいことがあれば、こういう側近に、伝言してもらわなければならない。もちろん、この側近たちに気にいられてにければ、「伝えとく」とか言って、実は無視なんていうこともあるから、ややこしいし、まどろっこしい。

昇殿とは、それだけ意味があることなのだ。

 

これほどまでに平氏が、偉かったのには、理由があって、それは桓武平氏が誕生する時まで遡るのだ。

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桓武平氏は、葛原親王の孫、高望王が臣下となって、平高望となったことから始まるんだけど、この高望王というのは、名前のとおり、高望みが激しかった人かもしれない。

というのも、昌泰元年(898)、上総介に任じられる。上総というのは、現在の千葉県の一部。一般的にこの時代、こういう役職についても、自分で任地に行くことは滅多にしない。ようは、役職だけもらって、実務は下っ端にまかせるのが普通なんだけど、この人は、実際に任地に赴いた。しかも、息子たちをつれて

で、任期が終わっても、都に帰らず、そこ(上総)にとどまって、さらに息子たちを、周辺地に任官させて、着々と勢力を築いたのだ。

その息子の一人に、平国香(たいらのくにか)という人がいて、この人が事実上の常陸国(今の茨城県)のナンバー1になる。

このこめ、関東地方は平氏勢力が拡大して、これらの平氏を坂東平氏とも呼ぶんだけど。

 

しかし、、、

大きくなりすぎた組織は、しだいに派閥とか、内部紛争をひきおこすのが、世の常だ。

それは、坂東平氏にも、起きた。

それが、かの有名な、平将門(たいらのまさかど)の乱だ。

平将門は、平国香を破り、常陸国の国印を奪い、常陸国衙(常陸の国の役所)を焼き討ちした。もう圧倒的に強くって、敵なし状態。都から検非違使とか、追討の軍を派遣しても、全部、返り討ちにされちゃうぐらい。

しまいに、この平将門という人、自分を親皇、つまり新しい天皇だと名乗ったそう。

当時の朝廷は、あわてふためいただろうね、たぶん。

なす術なくなった、当時の朝廷は、二つの手をうった。

一つは、将門を呪詛で、呪い殺すべく、現在の成田市に、将門を呪い殺す専門のお寺を建立した。これが今の成田山。

もう一つは、当時の武士の力を使った。公家が率いた軍では、将門にはかなわなかったからだ。そのかわり、将門を討った武士には、位を授け、貴族と同等にすると言ったのだ。

そこで、登場するのが平貞盛(たいらのさだもり)という人。この人は、さきほど将門に負けた平国香の息子だ。

で、平貞盛という人。

真っ向勝負では、かなわないと思ったか、奇襲にでた。農繁期に入って、兵として徴収した農民を、全部返してしまって、手薄となったの将門軍を強襲したのだ。

この奇襲で、平将門の乱は、無事、平定されて、平貞盛という人は、貴族の仲間入りをしたのだ。

ちなみに、この平貞盛の息子で、平惟衡(たいらのこれひら)という人が伊勢を拠点とするようになり、この一族が伊勢平氏と呼ばれるようになる。

 

というわけで、平将門の乱を平定した、常陸の平氏が大活躍して、力をつけ、その息子が都でさらに勢力を拡大して、清盛まで続くというわけ。

 

清盛だと貞盛だの忠盛だの、(ちなみに忠盛のお父さんは、正盛)、”盛”ばかりで、ややこしいですね。

みなさんは、どの”盛”が好き?

ボクは、もちろん、、、、、、、、

 

大盛ですっ!!(笑)

 

霞ヶ浦2012.1.3

お正月に撮った霞ヶ浦。

きっと、平清盛の先祖たちも、これと同じ風景を見たに違いない。。。

※話が長くなりそうだから、ここで、いったんお終い。続きは、また機会があったら。それでは、みなさん、また。

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今さらなんですが・・・ への4件のフィードバック

  1. abend より:

    こんばんは。
    私も1回目から観てます。
    視聴率はいまいちみたいですよね^^

  2. タマ。 より:

    abendさん、こんばんは
    あら、そうなんですかぁ。。。。
    やっぱり、第一回目に登場した子役が、あまりかわいくなかったからなのかなぁ・・・

    あ、そうそう。
    清盛は茨城には来てませんが、弟の家盛は、茨城に任官してるんですよぉ^^

  3. ❤ちえたん より:

    タマ。さん♪ こんばんは^^

    1回目は見損ないましたが、2回目より視聴しています^^
    歴史・・・学生時代丸覚えで、試験を通過するだけでしたので
    流れが、全く解らない!んですよ^^;
    歴史もの大好きなのに・・・解らないジレンマ><。。。
    (もっと勉強しておけばよかった!(^э^)=3 )
    この大河ドラマで、会得できればよいのですが・・・・・・(-。-) ボソッ
    因みに、平清盛=宮島・音頭の瀬戸とこれから
    〇島の名所が出てくるのを楽しみにしています^^

  4. タマ。 より:

    ちえたんさん、こんばんは。
    そうでした。宮島の厳島神社は、平清盛が作ったんですよね。
    平清盛という人は、とりわけ、海外貿易を重要視してた人なんですよ。そのために、今の神戸に都を移そうとしたぐらいなんです。
    厳島神社とかは、特に、海の交通の要衝地でしたから、そこに神社を建てたのでしょうね。

    これからの展開、楽しみですねぇ^^
    少しだけ、見所を紹介しますと、清盛は、源氏を敗北させた後、まだ幼い頼朝と義経の命を助けました。それは、お母さん(和久井映美が演じてますね)が、二人の命を救ってやってほしいと頼んだからだそうですが、大河ドラマでは継母ということになってます。
    継母の頼みを聞いて、源氏の棟梁の息子を助命した清盛。これからの清盛と、母親の関係は、どうなっていくんでしょうね?
    ちなみに、母親の実の子である家盛(清盛の異母弟になります)は、20ぐらいで病死します。かなり優秀な人だったみたいですが、この家盛の死により、清盛の跡取りとしての地位は、ゆるぎないものになったと言われてますよ。
    こんな、母と子の関係も、注目です。大河ドラマでは、どのように描かれるんでしょうか。

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