ちょっと戦争の話などを

8月でもないのに、戦争の話を書こう。

いつか、書こうと思ってたこと。

さて、2年前まで、ボクがしていた仕事は、歴史関係の仕事。市内には、航空自衛隊の百里基地がある。

茨城空港が開港する前、インフラ整備が急速に進んだ。道路が整備され、工業団地が造成され、関係ないけど、光通信もやってきた(笑)

その影響で、なくなってしまうものもある。その一つ戦争の痕跡がある。航空自衛隊百里基地があったところは、戦前、戦中は、海軍航空隊の飛行場があって、そのまわりには、米軍の空襲から航空機を隠すための掩体壕が無数にあったのだ。

戦後、開拓や開発などにより、その数はどんどん少なくなっており、20基弱の掩体壕が残存してた。

そのうちの何基かが、インフラ整備で、なくなってしまったのだ。

当時、その掩体壕について調査がなされた。消えてなくなっていく戦跡を、せめて記録で残そうというのが目的であったのだ。

 

この調査で、こんなものが出土した。

少女の何か2011.5.25

アクリルガラスに彫られた少女の絵だ。

頭は、まち子巻きみたいなものをしていて、絣の着物みたなものを着ている。口元の細工は、ちょっと失敗してて、どう見ても素人の作だ。

このファッションからして、戦争の時のものかなと思われた。

戦時中、アクリルガラスは、大変貴重品だ。まず一般には、出回らない。が、航空機の風防には使用されている。

軽い素材なので、軽量化しなきゃならない航空機の風防にはうってつけなのだ。さらに柔らかいものだから加工しやすい。ちなみに敵の弾が貫通しにくいものを使ってパイロットの命を守ろうというような設計思想はない。

ちなみに、ここからは、無数の航空機部品、弾、薬きょう、米軍の12.7mm機銃弾などが出土していて、そうとうの空襲を受けていたことが分かった。

となると、これは、、、

敵の攻撃を受けて飛び散った、風防のアクリルがラスの破片を、誰かが再利用して作ったもの

と考えた。

そして、想像した。

これを作った人は、どんな人なんだろう?

そんな事を、これを最初に見たときは思った。

きっと若者だろうな、って考えた。

どういうわけか、男は、特に、いつ死ぬか分からない男は、女性が癒しになることが多い。とある特攻隊員は、出撃前、自分の通帳を、いきつけの芸者にあげた、なんて人もいるくらいだ。

これを作った人を、ここでは仮に”彼”と呼ぼう。

彼は、誰を思い浮かべながら、これを作ったのだろう?

故郷に残してきた妻か?

結婚の約束したまま出征してしまい、残してきた恋人か、婚約者か?

それとも、ほのかに想いを寄せてた幼馴染か?

はたまた、まったく想像上の恋人か?

彼がパイロットだったのか、整備兵だったか、それは分からない。でも、どちらにせよ、毎日のようにやってくる米軍の空襲で、いつ死ぬかわからない生活をしてたと思う。

いつもは気丈にふるまうが、ふと一人になった時、とても怖くなって、不安になって、、、

そんな時、これを作り、遠い地にいる(あるいは、実際にはいない)恋人を思って、何とか、平静に過ごしていたんじゃないだろうか。

あるいは、彼の”お守り”だっかもしれない。

彼は、彼女に、また会えるとは、たぶん思ってなかっただろう。

とある日、彼は、いつも通り作業をはじめる。

突然、空襲警報がなった。急いで航空機を隠す作業をする。

百里にある航空機は、艦上爆撃機や艦上攻撃機だから、図体がでかい。隠すのも時間がかかる。

米軍機は、もうすぐそこまで来てる。

攻撃が始まった。

空には、無数のヘルキャットやらコルセアが、飛び交ってる。

機銃弾、爆弾、ロケット弾などの攻撃が始まった。

彼は逃げた。

何度か転ぶ。

立ってると格好の標的になる。這って逃げる。

そして、彼のポケットから、この少女の絵が、こぼれ落ちた。

“その日”から60数年がたつ。

この少女の絵は、文字どおり、土に埋もれた。

そして、時代は平成を迎えた。

この絵は掘り出され、ボクの目の前に、再び現れたのだ。

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ちょっと戦争の話などを への10件のフィードバック

  1. ❤ちえたん より:

    タマ。さん♪ こんばんわ^^

    最後まで読ませてもらいましたょ^^
    ちょっと切ない男心を感じました><。
    っていうか・・・・・・。
    やはり、男の人はナイーブで優しいけど・・・。
    弱い動物なのかもしれませんねぇ・・(-。-) ボソッ

    • タマ。 より:

      ちえたんさん、こんばんは。
      後半は、全くの想像ですけど、当たらずとも遠からずってとこじゃないかなって思います(笑)

      はい、とても弱いですね。
      何かに、すがらないと居られない時もあるんですよ。

  2. ❤ちえたん より:

    >タマ。さん♪

    >何かにすがりたい・・・。
    それは女性にも大いにありますね^^
    すがりたいけど・・・すがれない状況もあったりして・・^^;
    自分でなんとかせんと あかん!
    そう思う日々もあったりします。。。(-。-) ボソッ

    • タマ。 より:

      ちえたんさん、うん、大抵の場合は、自分で何とかせんと、と思って、がんばるんでしょうけどね。
      そんな時でも、何か、よりどころは必要かもしれません。

  3. ニコラス より:

    軍人たる者がそんな軟弱でいいのか!!って言われたかも?

  4. タマ。 より:

    ニコラスさん、おはようございます。

    はい。きっと、こっそり隠しもってたかもしれませんね。

  5. ちえみ より:

    戦争って何だったんでしょうね。。。
    沢山の命が殺されました。。。
    本質的に人間は戦う事や争う事が本能的に
    あると言われています。

    素敵な絵ですが、とても切ないですね。
    たった一枚の絵どんな物語が、あるんだろうね。

  6. タマ。 より:

    ちえみさん、こんばんは。
    はい、どんな物語があったのでしょう。地中から、これが掘り出されたとき、そんな事考えながら、しばし、見入ってました。

    戦争は何だったのかというと、国家間の紛争を解決するための武力行為という事になるのでしょうが、いろんなものを犠牲にしますね。
    今も、戦争はなくなりません。
    何ででしょうね?

  7. ク~ より:

    偶然出てくるものが歴史上貴重なものじゃなくて
    普通に日常生活を送ってた普通の人のものだった・・・
    あの時代を駆け抜けた人々がたくさん居たことを
    私たちは忘れちゃいけないと思います

  8. タマ。 より:

    ク~姐さん、こんにちは。

    そうですねぇ。
    こんな形で、当時生きた人が感じられるものが、出てきたのは、大変良かったです。

    これを彫った人が、戦死したのか、生き残ったのか、今も存命なのか、全く分からないんですが、市の博物館で、永久に、保存されることになってます。

    長崎、広島の原爆も、悲惨な話ですが、あの時代を、静かに、物語る資料が、こうして全国から出てきてるんです、今。
    忘れちゃいけないし、これからも伝えていかなきゃならないと思っています。

    ただ、戦争関係ですと、興味半分で、面白おかしく、取り上げられてしまう事も多くてですね、、、^^;

    時たま、複雑な気持ちには、なるのですよ。

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