気がつけば、手が真っ黒だった

朝7時近く、避難所での引き継ぎをすませて、帰宅した。

義父も、ちょうど帰ってきたところだった。

それからが、慌しい。

地震で散らかった部屋を片付け、一応の掃除をする。何とか、布団をひける状態にして、そこに義父を寝かせた。

その後、常会と呼ぶ町内会のような組織がある。この常海長に、義父が亡くなったことを知らせにいく。この常会長に、部落への連絡と葬儀の打ち合わせの段取りを組んでもらわなければならないのだ。

その後、斎場へ。

ここら辺では、斎場が葬儀屋も兼ねている。斎場から火葬場へ連絡してもらう。稼動できる火葬場は限られていたけど、あった。

通夜と葬儀の日程が、ここで決まる。その足で、お寺へ。住職に、葬儀の日程を伝えた。

このときが午前9時すぎ。このあたりから、眠気が襲ってくる。まだ一睡もしてなかったのだ。

それから、斎場の人間がやってきて、打ち合わせ。

これが終わったころは、もうお昼近くになっていた。

この打ち合わせが終わって、ようやく一息つけることになった。常会での葬儀打ち合わせは夜だから、それまで時間がある。

正直、ものすごく眠かった。

布団もしかず、畳の上に毛布だけかけて、泥のように眠った。。。

目が覚めたのは、3時過ぎぐらいだろうか。

ボクは、災害対策本部に向かった。

この事を上司に伝えなければいけない。

電話でもよかったかもしれないけど、災害対策本部に電話がつながるかどうか、分からない。

家を出る直前、電気が復旧した。

“これで携帯が充電できるから、使える”

そう思うと、何だかホッとした。

車を走らせる。ガソリンは、タンク半分以下。まだ大丈夫だけど、余裕がある量とは言えない。

災害対策本部につくと、部長がいた。

早速、状況を報告する。

部長は、忌引き休暇をとるよう言ってくれた。

ふと見ると、昨日の夜、避難所で一緒にいた同僚がいた。

“お疲れ様、今夜も大変だけど、がんばって”

“いや、そっちこそ、こんな時に大変なことになっちゅって・・・”

そんな言葉を交わして、災害対策本部を後にした。

今夜も彼らは、あの寒い避難所に行くのだろう。でも、今日は電気が復旧したから、昨日よりはマシかな。。。

少し、後ろ髪ひかれる思いがした。

家に向かう途中、車が行列してるのを見かけた。

きっと営業しているガソリンスタンドがあるのだ。

早速並ぶ。ここで入れられたら、ガソリンの心配も一時回避できる。

1時間弱ぐらいで、ガソリンを入れることができた。こんな時だから2000円までということだったけど、それでもタンク3/4ぐらいにはなった。これでしばらくは大丈夫だ。

電気も復旧した。携帯も充電できる。ガソリンも何とか入れられた。

ふと、自分の手を見てみる。

  

ものすごく、真っ黒だった。。。

  

この時、昨日からまったく、手を洗っていなかったことに気づいた。

その後、車を霞ヶ浦まで走らせて、霞ヶ浦の水で、手を洗った。。。

(まだ水道が復旧してなかったから、水が貴重だったのだ)

帰宅して、常会の葬儀打ち合わせも終え、夕食を食べた。お袋が夕飯を作って用意してくれていた。

久しぶりに炊いた、温かいご飯と味噌汁が(3日ぶり)、すごく、美味しかった。

そして、この日から、友人たちに連絡を入れる。ある人は電話で、ある人はメールで。無事でいることを知らせた。

もちろん、ボクの好きな人にも。

それから、しばらくの間、毎日、彼女とメールを交わしてたけど、それは、また別の話。

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気がつけば、手が真っ黒だった への10件のフィードバック

  1. abend より:

    電気がくるとホッとしますよね。
    震災の時 我が家はさほど待たずして電気が復旧しましたが、
    水が遅かったです。
    葬儀の用意って大変そうですね。
    町内会が主体になってるんでしょうかね?

  2. タマ。 より:

    abendさん、こんばんは。
    そうなんですかぁ、阪神・淡路大震災のとき、電気が早く復旧したんですか。。それは良かったですね。確かに、試しで電気つけて、パッと明かりがついたとき、すごくホッとしました。
    水・・・
    なのに、初日、洗濯してしまったんですねぇ(笑)

    そうです。こっちは、葬儀のとき、常会と呼ぶ町内会が中心になって、執り行われるんです。だから、いろんな打ち合わせをしないといけないんですね。

  3. ニコラス より:

    お疲れでしたね。

  4. 史津香 より:

    こんばんは。
    お義父様、大変な時に逝ってしまわれたんですね。
    でもタマさんがいらっしゃるのを待っていてくださったんですね。
    生まれるときも死ぬ時も明け方、というんですね。
    そういえば、母が他界したのが早朝、私が生まれたのが早朝でした。

    電気が復旧すると、本当にホッとしますね。
    明るいことがこんなに安心なんだと思い出します。
    温かいご飯とお味噌汁・・・ご馳走ですよね。

    タマさん、本当に東奔西走なさっていらっしゃるご様子で、体調を崩されませんようお気をつけ下さいね。

    一日も早く、安心してご家族皆様がお暮らしになられますことを願っております。

  5. タマ。 より:

    史津香さん、こんにちは。

    東奔西走って言うほど、カッコよくはないですが、とにかくバタバタしてますね。
    こちらは、幸いな事に、東北に比べれば被害は小さく、通常業務も、始まりました。

    早朝、不思議ですよね。生まれるというか、陣痛が始まるのが、うちの場合、みな早朝でした。
    で、死ぬのも…
    不思議ですね、ホントに。

    あたたかいコメント、ありがとうございます。

    震災の後始末は、まだまだ続きますが、皆さんが少しでも早く、いつもの生活に完全復帰できるよう、がんばりマッスルp(^-^)q

    家族も、みな元気ですよ。チビたちも、KYに騒いでます(笑)

  6. ちえみ より:

    いろんな事が。。。葬儀の用意、大変かと思います。
    人生って不思議ですね。
    何かを教えてくれるように、容赦なくいろんな事が
    やってきます。。。どうしてなんでしょうかね。
    睡眠だけは、しっかり取れるようにして下さいね。
    眠らないと食事も食べられなくなります。。。
    もし眠れなくても体を横にして下さいね。

  7. タマ。 より:

    ちえみさん、こんばんは。
    ご心配、ありがとうございます。
    ええ、ホント、次から次へと起こります。何ででしょうね?

    おかげさまで、ちゃんと眠れておりますよ。
    食事は、、、ちょっとぐらい食べられなくなったほうがいいかもと思えるぐらい、食欲旺盛です(笑) メタボ道、まっしぐらですよ^^:

    ますます、がんばらなきゃ

  8. ❤ちえたん より:

    タマ。さん♪ こんばんは^^

    そちらでは、大きな余震続きで
    落ち着かなく、不安な日々なのではないでしょうか?
    十分お気をつけてお過ごしくださいね^^

    お義父様・・・残念でしたね><。
    お義母様と奥様のお悲しみを思うと
    なんとお声かけして良いかと迷いました^^;
    震災で公務が大変な状況の中での葬儀の準備
    大変お疲れ様でした。

    お義父様が逝かれたとき、冷静に対処されたタマ。さん
    そういった、辛い場面では必要な存在なんですよね^^
    極々近い肉親は、気が狂ってて頭が真っ白な時
    何気にそっと冷静に事を進めてくださる人の存在はありがたかったです!
    (経験者は語る 笑)

  9. タマ。 より:

    ちえたんさん、こんばんは。
    冷静かどうだったかは、わかんないんですが、何とか義父を送ることはできましたよ。
    でも、避難所では今日も同僚たちが大変な作業をしてると思うと、心苦しくありました。(夜の避難所は寒いのです)

    そうですね、ちえたんさんは経験者でしたね。とても、しんどかったと思います、当時は。今も、なのかもしれませんが。

    余震も、相変わらずですね、こちらは。でも、東北に比べれば全然、被害は小さいですから、がんばらなきゃです。もう、ちよっとやそっとの地震では、誰も驚かなくなってきてますよ。
    職場の女性職員なども、地震おきても、そのまま仕事してたりしてますね(笑)

    いろいろ、お気遣いありがとうございます^^

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