2日目のこと

何でもそうだけど、2日目になって、人は、事態の深刻さを知るようだ。

この日、召集がかかって、ボクは夜の番となる。ありがたいことに、昼間は行動の自由がとれた。

朝起きて、蛇口をひねると、水が出なくなっていた。昨晩出た水は、どうやら水道管に残ってたものだったようだ。

“飲み水を確保しなきゃ”

そう思って、近所のスーパーに行く。長蛇の列が出来ていた。

1時間近く並んだだろうか。やっと自分の番が回ってきたとき、水は完売だった。仕方ないので、ペットボトルのお茶を買う。それから、袋のラーメン。あと何故か、栗まんじゅう(笑)

そして、牛乳1リットルパックが30円で売られていた。冷蔵できないので、在庫処分だったのだろう。とりあえず、これも3パックほど買った。

その後、水の配給が始まった事を知り、お袋と、チビたちを連れて、給水所へ向かった。昼番の同僚がいたので、”おつかれさま”と声をかける。

午後2時、災害対策本部に到着する。災害対策本部は電気がついていた。暖房もついてるようで、暖かい。おそらく自家発電だろう。ちなみに、建物の裏には自衛隊のドラム缶がたくさん並んでた。さすが自衛隊の街だなって思った。

待機所で指示待ち。

待ってる間も、続々と物資が届くので、搬入を手伝う。

対策本部では、ずっと地元茨城放送(ラジオ)が流れていた。

午後5時前。

避難所での夜番の割り振りが行われた。ボクは、自宅に比較的近い中学校の体育館になる。

避難所に行く前に、食事を取るよう言われ、コンビニ弁当と飲むヨーグルトと水が支給された。同じ避難所に行くメンバーと共に食事をとる。これが、その日初めて食べた食事だった。

避難所に行く途中、自宅に寄った。

ボクの居場所を家族に伝えるためと、厚着するためと、避難所には毛布が足りないというので、自分用の毛布を積み込むためだ。

午後6時、避難所に到着。昼番の人と引継ぎをする。

ボクの担当は、外の番になった。

避難所に来た人の対応(案内)

外のジェネレーター(発電機)の燃料補給。

仮設トイレのタンクへの水の補給および紙の補給。

水を取りに来た人への給水。

仕事内容は、こんなところだ。基本的に朝6時まで。一応、ストーブが一台置かれていた。

ちなみに、この時、夜食も配られた。乾パンやらお菓子やら。後で気づいたけど、何気に高カロリー食品ばかり(笑)

あたりが暗くなってくる。

長い夜が始まった。

避難所には、いろんな人たちがやってくる。

水をもらいに来る人。

食料を分けて欲しいという人。

(ジェネレーターがあるので)携帯を充電させてほしいという人(これは、全て丁重に断った)。

トイレを借りにくる人。

情報を聞きにくる人。

家族を探しにくる人。

はたまた、世間話をしに来る人(←意外に多かった)

不思議なことだけど、深夜になっても、人はやってくる。きっと不安で眠れない人も多いんだろう。

あと、外のジェネレーターの音が、すごくうるさかった。トイレに行く子どもが、耳をふさいでジェネレーターの前を通っていく姿が、目にやきついた。その姿を見るたび、家にいる子どもたちの事が気になった。実は、カミさんは義父がいる病院に義母と一緒にいて、子どもたちと一緒にいるのは、お袋だけだったのだ。。。

ちなみに、ボクの携帯は、ずっと圏外のまま。電池の消耗が気になるので、電源は切っていた(充電は車の充電器でしかできないが、ガソリンの給油もままならないので、携帯の充電のためにエンジンかけるわけにもいかなかったのだ)。

午前0時を過ぎたころから、急に冷え込んできた。実は、この日の最低気温は、マイナスを記録したらしい。一応、使い捨てカイロを1個、支給されていたが、そんなものは、気休めにしかならない(笑)

深夜3時近くになって、ようやく、人も来なくなる。避難所にいる人もほとんど寝てる。

このころから、交代で仮眠を取ったり、配られた夜食を食べたりし始めた。人の目があるところでは、食べられないからだ。実際、とある避難所では、職員が食事してるのを見てクレームをつけた人がいたそうだ。

家にいられなくて、避難所に来た人たちには、食事している職員が、食べ物も少ないのに呑気に、メシ食ってるように、見えるのだろう。そんな住民感情も配慮しなきゃならないのだ。

もちろん、食べるもの食べなきゃ、仕事にならないわけで、避難所の運営にも影響が出てくるのだけど、不安な時間を過ごしている人たちが見て、その感情を、ささくれ立たすような行動は慎まなきゃならない。

ボクが休憩する番がやってきた。

車に行き、携帯の電源を入れる。実は約゜1時間おきぐらいに、携帯の電源を入れてチェックはしていたのだ。

そしたら、、、

アンテナが立った。バリ3だ。約2日ぶりに携帯が復活した。

メールがいっぱい入ってた。みんな、安否を気遣ってのメールだ。

星がとてもキレイだった。

このメールを見て、何だか、とても勇気付けられた。

寝てる場合じゃないな。がんばろう!って気になった。

そして、その中に、ボクの好きな人からのメールも。

“大丈夫ですか?”

涙が出そうになった。。。

それから30分後ぐらいだろうか。。。

病院にいるカミさんから、電話が、かかってきた。

また、続きます。

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2日目のこと への11件のフィードバック

  1. ニコラス より:

    これみてタマさんの活躍がなんとなく嬉しく思った。

  2. タマ。 より:

    ニコラスさん、こんばんは。
    はい、寒かったですよぉ~、とても^^(笑)
    この日、避難所には、約300人ほどいましてね。実にたくさんの人がいました。タバコをくれって言う人もいましたよ^^

  3. abend より:

    我が家も水がなくなることをわからず 震災の時
    せっせと洗濯してました。
    連休の次の日だったので子どもたちと田舎に帰ってた事もあり
    洗濯ものが山積みだったのですが、干してると通りがかりの人に
    「優雅やね~」と言われたのを思い出します。
    出なくなって慌てるんですよね。
    夜の当番ってなんか怖そうですね。
    不安な夜だったでしょうね。

  4. タマ。 より:

    abendさん、こんにちは。
    はい、ですねぇ(笑)
    初日、水が出たもんですから、我が家も、風呂入れようかなんて話してたんですよ。結局、疲れてたんで、しませんでしたから。

    洗濯してしまいましたかぁ^^
    はは、気になりますもんねぇ~♪

    夜の番は、とにかく寒かったですね。ストーブも使い捨てカイロも、気休め程度にしかならなくって。。。
    でも人間、何とかなるもんなんだなぁ、と、つくづく思いましたよ^▽^

    でも、今になって思うのは、避難所で食べた数々の非常食。あれって、かなりの高カロリーなんですよね。
    あの時は、食べてると気持ちが落ち着くというのがあって、人の目がなくなるたびに、チョコチョコ、食べてたんですよ。
    体重が・・・(;´д`)

  5. NORI より:

    No surrender
    Baby うつむくなよ
    立ち止った足元に
    絶望しかない日々を
    いつかは潜り抜けて
    元通り笑ってよ
    未来にだけ吹く風を感じながら

    No surrender
    Baby 傷つくなよ
    汚れきった世界から
    必ず連れ出してみせる
    どんなに悲しくても
    生き延びてまた会おう
    悪夢を蹴散らす歌を唄いながら

    私はこの歌と『大丈夫ですよ』の言葉に
    本当に心が温かくなりました。

  6. ク~ より:

    明日は大丈夫・・・そう思えたら一晩ぐらいはいいけど・・・
    一応・・・東海豪雨経験者・・・
    いつか帰れる?そう思いながら過ごすのは経験者にしかわからないね
    お仕事・・・ご苦労様です!

  7. タマ。 より:

    ク~姐さん、こんばんは。

    幸いに、こっちは、3日目で電気、4日目で水道が復旧しましてね、ほとんどの避難所は、閉まったんですが、確かに、あの時、避難所にいた人達は不安だったでしょうね。

    姐さんも、当時は大変でした。
    水道ひねれば水がでる。スイッチつければ、明かりがともる。
    これが、何ともありがたいことだという事を知りましたよ。

    あ、それからですね。
    本文では書きませんでしたが、避難所では缶詰も食べたんです。かなり、美味しかったですよ(笑)

    夜の番で、芯から冷えた時は、ウィスキーが飲みたくなりました。(もちろん、勤務中ですから、飲めませんが)

  8. ちえみ より:

    阪神淡路大震災を神戸で経験しているので
    怖さは、よくわかります。
    揺れるのではなく家具が飛んで来るんですよね。
    今は、被災されて方達も頑張れているんですが
    少し落ち着いて来たら未来(明日)に不安を持ちます。
    生きることも考えることも放棄したくなります。。。
    タマさんのお仕事、大変だと思います。
    身体こわさないようにして下さいね。

    • タマ。 より:

      ちえみさん、こんばんは。
      はい、不思議な事に、震災が起きたぱかりのころ、避難所の雰囲気は、むしろ楽しげでさえあったんですよ。
      だいたいの人は、電気、水道が復旧して自宅に戻りましたが、今でも避難所にいる人たちが、います。比較的被害が小さいところなんですが。いつ、元通りの生活ができるか、不安でしょうね、今は。

      ご心配、ありがとうございます。
      あれだけ寒い思いしたにも、かかわらず、風邪はひきませんでしたよ。(笑)

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