教科書に載らない戦争の話

みな、ご存知だと思うけど、昨日は終戦記念日だ。
この国の大多数の人が、過去の戦争を振り返る。
甲子園で試合をする高校球児は、黙祷をささげる。
テレビでは、いろんな特番がやったりもする。
ちなみに昨日は、真夏のオリオンがテレビ朝日でやっていた。
そんな日だ。
 
と、いうわけで、一日違いで、ボクも戦争を振り返ろう。
あ、最初に断っておくけど、特に思想的な何かとかあるわけじゃない。アメリカを特に批判するつもりもない。
そこんとこ、ふまえて読んでくださいね。
 
さて、では、のっけから終戦記念日を否定してみよう。(笑)
実は、8月15日というのは、正式な意味で終戦した日ではない。
日本政府が無条件降伏する旨の連絡をしたのは14日だ。さらに言うと、正式に降伏文書に調印したのは9月2日。つまり、9月2日までは、形式上はまだ戦闘状態なのである。さらに言えば、(旧)ソ連とは、平和条約も締結してなければ、正式に降伏もしていないので、今でも戦争中という解釈もある(←かなり、うがった解釈ですけど、、、)
8月15日というのは、昭和天皇が、ラジオを通して全国民に敗戦を伝えた日。米大統領が全米に向けて、戦争の終結を宣言した日なのである。
 
とまぁ、解釈論ではあるのだけど、15日とはそんな日なのだ。
この日を終戦としたのは、やはり玉音放送の印象があまりにも強いからだと思う。。。もちろん、異論はあるでしょうけどね。
 
では、ここからが教科書に載らない戦争の話を、いくつか^^
 
8月15日の空襲
茨城ネタです(笑)
ボクの住むとこには、その昔、海軍航空隊の基地があった。
実は15日の朝、コルセアを主力とした米海軍機の空襲が行われている。
前日には無条件降伏する旨の連絡がされているのに・・・
基地にいた人たちは、この空襲が終わって、後始末してる最中に玉音放送を聞いたことになる。
これは、戦術、戦略的な意味は全くない戦闘だった。だって、日本はもう降伏すると伝えてあるのだから、戦闘する意味がない。
 
 
模擬原子爆弾パンプキン
広島、長崎に原子爆弾が落ちたことは有名だが、模擬原子爆弾なるものがあったことは、あまり知られていない。
これは、何かと言うと、普通の火薬を入れた爆弾なんだけど、形、重さを原子爆弾と同じにしたものなのだ。
実を言うと、これが日本でも10ヶ所以上に落としている。その一つに茨城もある。
最後にパンプキンが落とされた日は、8月14日。
なぜ14日?
こんな終戦間際になって?
と思うかもしれない。
実は、後の東西冷戦に備え(アメリカにとって一番の脅威は、ソ連共産主義国の台頭だった)、原子爆弾投下の訓練の意味合いが強かったとする諸説もある(実は、これ、地元大学の先生と酒飲みしてた時に聞いた話^^)
話は変わるけど、このパンプキン、実は東京にも落とされている。
当時の記録を見ると、これを落としたB29の機長は、ホントは皇居に落とそうとしたらしい。本人は、天皇さえ死ねば戦争が終わると考えての行動だったらしい。
しかし、これは、アメリカ軍の軍規に違反した行為だったようだ。米軍は天皇および皇族を攻撃したら、日本国民は全滅するまで戦い続けるという考えで、絶対に皇居を攻撃目標としない事にしていた。
しかし、、、この人は、やっちまったのである。
どこの国にも、深く考えないで、やっちまう人はいるのだ。
実は、この機長さんは、(広島だったか、長崎だったか覚えていないけど)原爆投下機の機長となる予定だったらしいが、急遽、おろされてしまったようである。。。
 
占守島の戦い
占守島は、千島列島でも一番カムチャッカ半島よりの小さな島。
8月17日、ここにソ連軍が上陸。急遽、戦闘が始まった。
占守島は、船がないので本土に戻れなかった師団が残ってて、終戦したというのに不幸にも激戦が始まってしまったのだ。
実を言うと、北方では8月15日以降も、あっちこっちで、激しい戦争が起こっている。
ちなみに、この戦闘は21日、日本軍側が降伏して終わり、生き残ったものは、すべてシベリアに抑留された。
 
無人島に漂着した31人の男と1人の女
たぶん、東南アジアの方だったような気がしたけど、こんな事件が起こった。
この人たちは、戦後もしばらく、共同生活をすることになる。
たぶん、昭和27年くらい、この人たちは救出され、日本に戻ることになるのだけど、その間、男性数人が変死、あるいは行方不明になっている。
1人の女性を争って、殺し合いが生じたとも言われているが、真相は不明。
ちなみに、この話は、戦後、映画になってたりもする。
 
(地元話) 時々、馬を食べた
地元のお年寄りから聞いた話。
実は、ボクが住んでるとこの近所は、陸軍の部隊が駐屯していた。その中でも軍馬を管理する部隊だったようだ。
近くのお寺の境内は、軍馬の治療場にされていた。
しかし、治療もむなしく、軍馬が死んでしまうこともある。
で、、、死んだ馬は、、、、、、、、、、
解体して食べていたようである。
ちなみに、この時の馬肉は、近所にも、おすそ分けがあったようで、みんなして貰いに行ったそうである。
肉なんて、ほとんど手に入らないご時世。。。
肉は固かったけど、「とっても、うまかった」らしい。
 
と、あまり知られていない戦争の話をしました。
個人的な意見を言うならば、、、、
 
戦争はアカンっ!!
 
の一言につきるな。
 
 
この子が、戦争に行くような未来には、したくないなって、片田舎の写真撮りは、心の底から思うのだ。。。
(ちなみに、彼は、夜、花火がしたいがために、一生懸命、宿題をしてるところ^^)
 
 
 
 
 
 
 
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教科書に載らない戦争の話 への10件のフィードバック

  1. ちえたん より:

    タマ。しゃん♪ こんばんにゃ^^(-^〇^-) あははは 息子ちゃん・・・・頑張ってまつねぇ~^^;;夏休みも終盤になり、残った宿題で大変な事でしょう!お察ししまつ><。本当の終戦日って、TVでも話題になったましたねあの「耐え難きを耐え~~偲び難きを偲び~~」という玉音放送が、戦争終結だと皆信じてましたからね^^;;占守島での戦いで生き残った方が言っておられました。終戦を聞いて武装解除を進め、これで故郷に戻れる!と思ってた矢先にソ連軍が攻めてきたらしいですね北海道をソ連とアメリカによって二分する為の戦いだったらしい・・・のですがその方曰く!私たちが頑張ったから、北海道が二分しなくて済んだんだ!その事実を、もっともっと多くの人に知ってもらいたい!そんな風に語り、慰霊碑にお花を手向けるそのお方の目頭にはうっすら涙が見えました。戦争・・・・紛争・・・・なんで終わらないんでしょうね?命の尊さとはかなさを知ったら、、、、、きっと誰もが無くさないとイケナイ!って思うはずなのにねぇ^^;;愚かな事です!ねっ^^

  2. ちえみ☆ より:

    おはよ~真夏のオリオン見ました。知り合いのお母様で被爆されて何十年も頭の中に硝子の欠片が残ったまま(手術できない場所)酷い頭痛や体の不調を抱えながら亡くなった方を知っています。今だに戦争が行われています。。。武器で平和を得ることは出来ないって何でわかんないんでしょうね。話は変わりますが、軍用犬って知っていますか?犬達も戦っていたんですね(戦わされて)悲しい事ですね。。。子供達の為に武器は無くさなければいけないですね。戦争は大切な人を亡くします。そして自分達の住んでいる地球も壊してしまいます。

  3. より:

    ちえたんさん、こんにちは。 確かに、北海道の一部をソ連が占領するという計画があったようです。さらには、まだ15日段階では正式には終戦していないので、、、というのがソ連の言い分だったんでしょうかね。 本当に下手したら、北海道の中に国境線が敷かれたかもしれません。 そしたら、網走番外地も、幸せの黄色いハンカチも誕生しなかったんですよねぇ。。。 感謝しなくちゃ、なんないです。 しかし、戦争はなくなりませんね。 いつまでたっても、なくなんない。 どうしてなんでしょう? アフガン戦争の時、米国民は、当時のブッシュ政権を支持しました。 何ででしょうね? やったら、ひどい事になると分かってても、やってしまう。 それを、国民が支持してしまう。 分かっちゃいるけど、やめられない。のでしょうかね? 少なくとも、戦争のない時代のまま、次にバトンタッチしたいと思ってますよ、ボクは。

  4. より:

    ちえみさん、こんにちは。 軍用犬。実は今もいます。陸上自衛隊に、いるんですよ、この現代も。 軍用犬の主な仕事は、捕虜収容所の警備等ですから、前線で戦う事は、ないんですが(原則的には、ですよ) ちえたんさんへの、コメ返しに書きましたが、戦争をなくすのは、かなり難しいです。が、平和な世のまま、次の子どもたちに、バトンタッチできるようにしたいです。 ちなみに、軍用鳩というのも、いたらしいです。

  5. G~ より:

    え~、ちなみに8月15日はG~の誕生日でした。おめでとう。を一番最初に言ってくれたのは「大切な女性(ひと)」でした。(*^_^*)で、本題。戦争はしてはいけないのです。理由は、「してはいけないから」です。殺人もしてはいけないのです。理由は、「してはいけないから」です。やってはいけないことに、具体的な理由はいらんのです。「いけないから」。それで十分です。でも、世界の平和はたぶん人類が存在する限り、来ないでしょうね。悲しい。

  6. より:

    G~兄様、こんばんは。 お誕生日、おめでとうございます!! (すいません。分からなかったから、お祝いが遅れました) そうですか、大切な人から。それは、マンモスハッピーでしたね^^ 来月の25日は、ボクの誕生日です、ちなみに(笑) はい。戦争はなくなりません。世界で、小さな扮装も含めて、戦争がなかった年はないんじゃないだろうかと思われるほど、戦争はなくなりませんね。 悲しいことに。。。あのアメリカでも、アフガン戦争では、国民の多数が、それを支持してしまいました。 先進国でさえ、このような事が起こります。 日本も、じわじわとですが、自衛隊が戦地に行くようになってきました。 日本人が最前線に立つ日が近い将来にやってくるような気がして、とても怖いです。 子どもたちの世代は、まだいいとして、孫の世代になったら、、、って、時折、考えてしまいます。

  7. 史津香 より:

    ・・・・・。思うことがありすぎて、書けないです・・・。宿題頑張ってね~、とだけ、申し上げます^^

  8. より:

    史津香さん、こんにちは。 はい。人それぞれに、戦争に対する思い、考えはあるでしょうね。 しかし、ボクは思うのですが、知識は必要だと思います。あの戦争で、何があったか、なるべく知識を得ることは大事だと思うのですよ。 例えば、南京での虐殺はなかったという人もいます。 例えば、朝鮮人の強制連行はなかったという人もいます。 ここに出した例は、確かにある角度から見たら、そのように写るかもしれません。しかし、事実上はあるのです。 特攻も、みな“志願”という事になってますが、実際には志願する以外の道がなければ、立派に強制なんだと思います。 15日は、そういう勉強をする日だと思ってるんです、ボクは。

  9. abend より:

    教科書に載らない話 なかなか考えさせられますね。花火のために お勉強・・この写真なんか素敵。

  10. より:

    abendさん、こんばんは。ここにも、コメントいただけたんですね。ありがとうございます。 戦争にまつわる色々なエピソード、教科書やテレビなどで出てくるのは、ほんの一部みたいです。 まだまだ知らない話がいっぱいですね。 この写真、実は、15日に撮ったんです。夜、花火しましたよ^^

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